「ずっと」ということはきっとない。

 

「ずっと」好きだった人の好きな所はそっと薄まっていき細やかでもアップデートしなければアプリケーションが終わってしまうように愛情は薄まっていくのだろう

 

好きだった女は男と恋に落ち子を産み女ではなく母になった

聞きたくない話、見たくない報告、知りたくない事実

言い方は違うが私にとっては全てが同じことだ

 

きっと初めて愛した男はもう私の知らない男で

私を一番魅了した男はきっと今も他の女を愛で

大好きだった女はきっともう私などを見ることはないだろう

 

私はきっと寂しがり屋というやつで人との関わり合いの中で息していたかった

友人関係を蔑ろにした記憶は殆どないのに蔑ろにされた気でいる馬鹿野郎だ

 

「ああ愛されたい。」とこんなに望む日が来るなら一度だって愛さないでほしかった

死ぬまで愛す気がないなら私の手を取らないでほしかったし、私の人生に家族はちっとも関係ないと思えてしまったんだ

 

私は勝手でみんなもきっと勝手だ。そしてそれが世の当たり前であえて言葉にすることのない事実

 

皆が皆、自分の為に勝手な感情で人を振り回し、息を止めさせようとする

勿論そこに悪意はないけど悪意なんて最も質の悪い善意だってこと私は知ってるよ

 

振りまわされる私は同時に振り回しもしていて、勿論問題が山積みな訳で私自身の捉え方の問題だってわかってる。

 

それでも家族の為に生活と整えようとすることも

家族に幸せになってほしいと願うことも

その為に期待に応えようとすることも

(仕事も同様に)

 

本当に無意味だと常々感じる日々で全てが何にもならない「無駄」の積み重ねなのだ。

 

金閣寺を夢見る少年が実際の金閣寺に落胆したときのように私は今人の人生に絶望しているよ。

 

 

正しく生きる必要のない世の中で私は今日も正しさを追っている

追えば追うほど自分の死がすぐ隣にある事に気づく

 

お疲れ様です。ではなくご愁傷様ですといってくれ

 

 

 

 

 

どうして私はこんなに愛を求めるのだろう

全くもって納得できないな

今日の帰り際にどうにか死ぬことが出来ないだろうか

無責任に死ぬことはどうして許させないのだろうか